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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7142号 判決 1990年7月02日

原告 楠幸男

右訴訟代理人弁護士 丸山哲夫

被告 喜多義和

<ほか二名>

右被告三名訴訟代理人弁護士 寺沢達夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

2  被告らは、原告に対し、連帯して平成元年七月五日以降右土地明渡済みまで月額五万円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二請求原因

1  原告は、平成元年六月一六日、訴外梅田麻子から別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)を買受け、これを所有している。原告は、同年七月五日、所有権移転登記を了した。

2  被告ら三名は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という)を各持分三分の一の割合により共有し、訴外梅田麻子からかねてより本件土地を賃借してこれを占有している。

3  しかし本件建物は未登記であり、本件土地について前記のとおり所有権移転登記を経由している原告に対し、右賃借権をもって対抗しえない。

4  本件土地の賃料相当額は月額五万円を下らない。

5  よって、原告は被告らに対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めるとともに、平成元年七月五日から右土地明渡済みまで月額五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否と被告らの主張

一  請求原因1、2の各事実は認める。同3の事実のうち本件建物が未登記であることは認めるが、その余は争う。同4の事実は否認する。

二  被告らの主張

1  被告らの父訴外喜多末松は、昭和三八年ころ訴外梅田麻子から同人の所有する本件土地を期間の定めなく借り受けて賃借人となり、同土地上に本件建物を建築した。昭和五一年九月一九日、末松が死亡した後は、被告ら三名及び末松の妻訴外喜多ヒサヱがひきつづき本件土地を賃借していた。そして昭和五八年一〇月二三日、ヒサヱが死亡した後は、被告らがひきつづき本件土地を賃借しており、昭和六三年の地代は月額六、三六七・五円(年額七万六、四一〇円)であった。

2(一)  原告は、本件土地買受け当時、同土地を被告らが賃借していることを知悉していた。

(二) 右(一)の事情のもと、原告は本件土地を借地権の負担の存在する土地として更地にくらべてはるかに安い値段で買い受けた。

(三) 右(一)、(二)の事情のもとでは、原告は被告らの賃借権の存在についていわゆる背信的悪意者であって、被告らの対抗要件欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にはあたらず、被告らは対抗要件なくしてその賃借権を原告に対抗しうる。

3  仮に然らずとするも、前記2(一)、(二)の事情のもとで、被告らがたまたま所有建物の登記を怠ったことを奇貨として、その収去を求めるのは信義則に反し、権利の濫用にわたるものである。

第四被告の主張に対する認否と原告の反論

一  被告の主張2(一)の事実は認める。

被告の主張2(二)の事実のうち、本件土地買受け価格が更地に比べてはるかに安い値段であったとの点は否認し、その余の事実は認める。

二  原告の反論

1  原告が本件土地を取得することになったのは、同土地上に家を建てて住みたいとの希望があったからである。

2  被告らは、本件土地所有権が他に譲渡されることを十分認識しながら、本件建物所有権の保存登記をなさなかった。

3  原告は、本件土地買受け後、被告らに対し、本件土地明渡しの見返りとして、立退料三〇〇万円、引越費用二〇〇万円を支払う旨申し入れた。

以上の事実に照らせば、被告らの主張はいずれも失当である。

第五原告の反論に対する被告らの認否

原告の反論1、2の事実は認める。

同3の事実は否認する。原告が提示したのは立退料二〇〇万円、引越費用一〇〇万円の合計三〇〇万円であった。

第六証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、同3の事実のうち、本件建物が未登記であることも当事者間に争いがない。

二(一)  原告は、被告らの本件建物所有は、建物が未登記である以上、原告に対抗しえないとするところ、被告らは、原告がいわゆる背信的悪意者であると主張するので、以下判断する。

(二)  原告が本件土地買受けた当時、同土地を被告らが賃借していることを知悉していたこと、平成元年六月一六日、訴外梅田麻子が本件土地を原告に売り渡したが、右売買に先立ち右訴外人が、被告らに対し、本件土地を被告らに売りたい旨申入れをしたことについては、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、右訴外人が本件土地賃借人である被告らに対し申し出た本件土地売却価格は坪当たり金二〇万円であったこと、右訴外人が原告に対し本件土地を売却した際の売却価格もまた坪当たり金二〇万円であったこと、原告は右売買契約当時、本件土地の更地価格を約五〇万円と認識していたこと、甲第六号証の土地売買契約書において本件土地売買が借地権付売買契約とされていることが認められる。

右認定を左右する証拠はない。

右各事実に照らせば、原告は、被告らが本件土地を賃借していることを知悉しながら、本件土地を、借地権の負担の存する土地として、その更地価格からいわゆる借地権割合を差引いた価格ないしこれに近い価格で取得したものと認めるのが相当である。

(三)  原告は、本件土地を購入したのは同土地上に自宅を建てて住みたいと思ったからであると主張し、《証拠省略》中にも右主張に沿う供述があるが、右供述はにわかに措信することができないのみならず、仮に右のような事実があるとしても、原告は本件土地売買契約当時、被告らが本件土地を賃借していたことを知っていたというのであるから、既に同土地上に建物を所有して居住している被告らに比して、あえてこれを立ち退かせてまで同土地を購入・利用する必要性はきわめて小さかったはずであるというべきである。

(四)  被告らが本件土地を他に譲渡されることを認識しながら本件建物の所有権保存登記をなさなかったことは、被告らもこれを争わない。

しかし、一般的に不動産取引においては、不動産を譲り受けようとする者は現地調査をしてから取引に入るのが通常であるという現状に鑑みれば、被告らが地上に建物を有するのみで建物登記をしないまま安心していたとしても、そのことをもってただちに被告らに落ち度があったということはできないし、原告は本件土地売買契約当時、被告らが本件土地を賃借していたことを知っていたというのであるから、建物登記をしていなかったというだけで被告らを非難することはできないというべきである。

(五)  以上の各事実に照らせば、原告は、被告らが本件土地を賃借していた事実を知りながらこれを買い受け、その建物登記の欠缺を奇貨として本件土地の明渡請求に及んだものであり、いわゆる背信的悪意者であって、被告らの対抗要件欠缺を主張する正当な利益を有する者とはいえず、被告らは対抗要件なくして原告に対し本件土地賃借権を対抗できるというべきである。

(六)  原告は、本件土地買受け後、被告らに対し、本件土地明渡しの見返りとして、立退料三〇〇万円、引越費用二〇〇万円を支払う旨申し入れたとも主張し、原告が立退料・引越費用として合計三〇〇万円の限度でこれを支払う旨申し入れたことは被告らも認めるところであるが、このように原告が被告らに対し本件土地明渡しの見返りとして金銭を支払う旨申し入れた事実も、右認定説示を左右するものではない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 亀岡幹雄)

<以下省略>

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